​うつろいをテーマに

「うつろい」とは、物事が移り変わること、またその状態が盛りを過ぎることを指す言葉です。

この世の事象や価値観は常に固定化されず時と共に変動し、絶えず移ろい続ける—。

私はこの変化の様子にしばしば美しさを感じます。

 

私自身の原風景は、まるでグラデーションのように刻々と変化する空や湖面の様子やその風景。

それは私が山陰という気象の変化に富んだ土地で育ったからでしょうか。

そんな日常の風景は時には荒々しくもあり、穏やかでもあり、またその時々ではかない美しさがあります。

 

私たち日本人は常に時と共にうつろいゆく様子や過程を、独自の視点や観念で受け入れてきました。

特に室町時代以降の詫び寂びなどに見られる無常観や孤独感への眼差しを背景として、仮にネガティブな変化であってもそれらを味わい深いものとして肯定的に捉える、日本人独自の美意識を形成していきました。

変化に富み、時には厳しい山陰の気候や文化風土の中で、自身も自然とその美意識への共感が育まれたのだろうと思います。

 

一方目まぐるしいスピードで変化し続ける今現在において、常に最適解を目指す合理的な変化には利便性と副作用が共生しています。それらを俯瞰的に捉え、今起こっているグローバルな変化(うつろい)を日本人の持つ美的観点から抽出し、作品化ていく。それは日常のうつろいの中にある美しさを視覚的に提示すること、つまりは現代における無常観を作品を通して表現したいと考えています。

KESHIKIについて

作品のタイトルにある「KESHIKI」(けしき)とは、単に風景を指す言葉ではなく、陶磁器にみられる窯変による「景色」という言葉に由来します。

日本では主に茶道の世界において、釉薬と焼成による頽れ・窯変・斑文など、器の表面の表情(景色)を読み取り、記憶の中にある風景や心情を重ねて鑑賞します。このような意図的には成し得ない不測の変化からなる表情を感覚的に捉え、自己の内面の感情へと結びつけ、そこに美しさや意味を見いだす姿勢は、日本人のもつ独特な美意識の一つと言えます。

レリーフ作品シリーズ「KESHIKI」をはじめ、版画作品(コラグラフ/凹版画)シリーズ「けしき—そのとき」、彫刻作品シリーズ「けしき—火の領域」にはそれぞれ制作過程で偶発的に起こる変化を積極的に取り入れ、それぞれの作品が独自の「けしき」を保有しています。

茶碗の見所を鑑賞するように、これらの作品が観る人の記憶の中にある風景や心情、あるいは何かの情景を思い起こさせるきっかけとなればと思います。ぜひ器の景色を眺めるような感覚で鑑賞していただければ幸いです。

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